狂言.歌舞伎など

2018.04.08 横浜狂言堂の印象

毎月第2日曜日は横浜能楽堂が勝手に決めた狂言の日という事で横浜狂言堂というものが開催される。これは狂言を2曲解説付きで公演するもので毎月行われている。以前はほぼ毎月のように行っていたのだが諸事情により最近はあまり行く事ができなくなってきていて本当に久しぶりに今月行く事ができる。

今回は茂山千五郎家の狂言で「因幡堂」と「墨塗」の2曲。まずは茂山逸平氏の解説。はじめの方ちょっと聞き取りにくく何を言っているのわからないところがあったが。まぁその通りだよねという事が多かったという感じで新しく知ったのは神の通り道の話。狂言ばかり見ているので・・・狂言方は普通に中央を通っているので知識もなったし意識もしていなかった。

因幡堂・・・この狂言は何度か観た事のある狂言でこの狂言に出てくる京都にある因幡堂に行った事もある。今回は茂山千三郎氏が妻をやっていて・・・はまり役ですね。千三郎氏がわわしい女をやれば右に出るものはいないのでは?と思ってしまうくらい良いですね。もちろん私の偏見ですが・・・。

墨塗・・・この狂言は解説でも言っていたがあまりやられていない狂言だと思う。私もこの狂言は過去1度しか観た事がない。記憶が曖昧だが元彌さんのところだったと思います。当時は能楽協会に籍があった頃で・・・かなり大きなホールの後ろの方で観ていて顔に塗られた墨がよく見えない感じだった。今回は能楽堂の正面席だったので見やすく・・・時代が古いが本当に途中ドリフターズのコントのように見えてきてしまった。墨は落ちにくく色々なところに付いてしまうので茂山家では青花という生地に下書きをする時に使用する染料を使っているという事が解説であり。登場してくる時の大名(茂山七五三氏)のたたずまいも良かった。いかにも間抜けな大名という感じで・・・。面白くストレートに笑える狂言でした。

本当に久しぶりで生の狂言を観た。これからも以前ほど生の狂言を観る機会がなくなっていくのは確実で観る狂言を絞っていければ良いんだろうな~という事を思ったがそれも中々難しい。結局観れる時に行くという事になりそうだ。

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2017・08・13 横浜狂言堂の印象

久しぶりに横浜狂言堂に行く。横浜狂言堂は毎月第2日曜日に横浜能楽堂で行われているもので狂言を2曲を解説付きで見る事ができるというもの.。今月は茂山千五郎家の狂言で「二千石」と「薩摩守」の2曲

まずは解説という事で宗彦氏が出てくる。うーん相変わらず面白い解説で押して押して押し捲るまでは行かないが引くところがないという印象。狂言の笑えるところを強調してストーリーを丁寧に詳しく説明していく感じで・・・オチなどを隠すところなく全てを解説していて分かりやすく面白かった。

二千石:主人の「これはいづれも御存知の者でござる」で始まる狂言。この狂言はあまりこの日のような通常の狂言の会ではやる事が少ないという感じで以前私がこの狂言を観たのは三世山本東次郎五十回忌追善公演で追悼公演や解説でもあったのだが代替わり襲名公演でやられている事が現在では多い感じです。ストーリー的にはちょっとくどい感じはするがよくある狂言だと思うが途中に観慣れてないとついて行くのがちょっと大変な語りが入っているので中々普通の時は人気がないのかな?最後の方のストーリーが先代と現在の主人がそっくりで~というところがあり襲名や追悼公演にはピッタリでそうゆう公演に来る客は狂言を見慣れている客が多い感じがするのででそういう面でもピッタリという気がする。私自身はこの狂言はあんまり好きではないかもしれないただ襲名公演等で演じられたら良い狂言だと思ってしまう気がする。時・場所・背景・その日演じられる曲の数・演目などで印象がかなり変わると思う。

薩摩守:この狂言は4月に同じ横浜狂言堂で観ている。以前はそんなに注目している狂言ではなかったが御朱印集めをするようになって面白いと思うようになった狂言。この日私は脇正面の後ろの席で観ていて家に帰ってからニコニコ動画で正面席方向からの動画を観たのだがこの狂言は正面から観た方がかなり良い感じ。場所関係などで疑問を持たずにすっと入っていけるようになっている(出家がはるか遠国(おんごく)から天王寺に向っている)。ニコニコ動画のアフタートークで舟の上での青海苔の会話は元々本にはないものでアドリブではなく入れているもの(入れもの)で最後のオチが現在の人にもわかりやすくしているものというのを知るが・・・ちょいと腑に落ちない感じがする。まぁ本にはないのは事実だと思うが・・・。何時の時代に加えられたかにもよると思うが・・・。やっぱり狂言は深いですね。

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2017・05・25 国立能楽堂 5月企画公演の印象

25日、国立能楽堂で能、狂言を観る。狂言は茂山千五郎家の新作狂言で「ふろしき」能は喜多流の「綾鼓」で両方とも初めて観るもの。この日は「新作から古典 男心の内側へ」というタイトルが付けられている。綾鼓は男心がストレートという感じでふろしきは変化球という感じがした。

今回は狂言だけでなく能もあるので事前にストーリー等は少し勉強して観に行き場内でもパンフレットを買って「綾鼓」の部分を読む。

まずは狂言のふろしきでこれは古典落語にある「風呂敷」を狂言にしたもので千五郎家が平成8年に初演されたもの。パンフレットには演出のところに千之丞氏の名前が記載されている。今から21年前でこの頃から茂山家は新作狂言を積極的に作っていたという印象がありその全てを千之丞氏が演出していた感じ。現在は何人かの狂言方がそれぞれ新作を作って茂山家の新作狂言として演じられていて結構な数あるのではないでしょうか? このストーリーについては落語で似たようなものを聞いた感じがありなんとなく知っていた感じ。ただ落語の題が「風呂敷」というものであったのは今回初めて認識した。35分ぐらいの面白い狂言だと思う。ただ個人的にはこの作品と同じように落語から狂言になった「かけとり」が好きかな。まぁ「かけとり」は演じられるたびに進化しているようですが・・・。

綾鼓(あやのつつみ):今回この能を演じられたのが喜多流でもともとは喜多流にはない演目で昭和27年に宝生流より贈られたものを大幅に改訂して初演されたとの事。年に1~2回ぐらいしか能を観ていない私には少しもの足りないというか・・・華やかさはない能ですね。こうゆう能もあるのでしょうが・・・。通好みの能なのでしょか?ストーリー的にもなんか救いがないというか光明がない感じで・・・印象に残ったのが最初の臣下と庭掃きの老人の距離間ですね。老人が橋掛かりの端の方で臣下と距離がかなり離れていて・・・身分の差を強調しているような感じで・・・。あと気になったのが囃子方が元気すぎる感じで・・・時にはよーの声が邪魔に感じる事もあり。今まで心地よいと思った事はあったが・・・まぁ邪魔だと思ったのは一人だけですが・・・そうゆう能なんですかね。まぁ観る方(私)の能力が足りないのでそう感じたのかもしれません。

今回開演時間が18時30分からという事で夜という事で・・・狂言はともかく能は昼間観る方が観客が疲れていなくて集中できていいのかなという気がした。夜というか夕方ぐらいだと1日の疲れが出てくるというか・・・まぁ平日だと客が集まれるのがこの時間だとは分かるのだが・・・。そんな事を感じました。

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2017・04・09横浜狂言堂の印象

横浜狂言堂に行くのは1月以来となる。2月は萬斎さん出演という事もあってかチケットが取れず3月は用事で動けず・・・後日ニコニコ動画で見るという事になって今回が4月。

今回狂言をするのが名古屋の共同社というところで10年以上前は年に何回かは観ていたような気がする。気がするというのは同じ名古屋に拠点を持っている野村又三郎家と一緒になって演じられていた事が多かったような・・・でも基本は共同社が中心だった気がする。今回横浜狂言堂で共同社が狂言をするのは初めてとの事。

まずは解説という事で井上松太郎氏が出てきて話をする。今回演じられる「鏡男」の内容と狂言について歌舞伎と大きく異なる事、落語とちょっと似ている事を話され、その後「薩摩守」の話でキセルなどの話に展開していった。大きな声で流暢に話されていて色々な雑学を知っていそうな感がして・・・何よりマツコデラックスに似ていると本人も言っていたがそれが印象に残りました。

鏡男:この狂言が今まで横浜狂言堂でどこの家もやっていないというのが不思議な気がした(松太郎氏が解説にて言っていたがH23年2月に万作家がやっているのかな?)内容は面白いし時間的にも20分~25分くらいのもので狂言堂でやるのは丁度よい長さだと思うのだが・・・そう思った私もこの「鏡男」を観るのは2回目で1回目は10年以上前に観ているだけで・・・記録は付けていても10年以上前のものは記憶にほとんど残っていないので初めて観る感じです。中々色々とやり取りと展開が面白い狂言で・・・鏡を買うとき負けさせる件は必要なのか?越後と都の物価の違い?越後はよく狂言に出てくるが・・・。最後まで妻が鏡を理解できない点が狂言らしいとも思うがそれで追い込んで終わりというのは・・・まぁ平和といえば平和だと思うが・・・。やっぱり面白い狂言だと思う。

薩摩守:こちらの狂言を観るのも久しぶりでがこちらは去年御朱印関係でちょっと調べてみた事があり内容はそれないに知っていたつもりだったが・・・色々と違っている?所があり・・・。大きな流れには関係がない所ですが新発意は「とおごく」から来たと言っていた。私は「東国」と解釈したそうすると・・・西国でないと辻褄が合わない「とおごく」・・・遠国と言っているのか・・・?まぁ遠国の事として流した。この狂言に出てくる神崎の渡し舟は天王寺の西側にあり東国から来た場合通る事がないはず。家に帰ってきて色々確認する。共同社の薩摩守のところには「東国」としっかりと書かれている。うーん今回のパンフレットには大阪の住吉大社と四天王寺を参詣しようとになっている・・・それも住吉の天王寺で・・・住吉と天王寺なのか?うーんわからん。実際にはどう言っていたのか聞いているはずだが・・・やっぱりわからん。まぁ本当に大きなストーリーとは関係がない所なのでどうでもいいと言えばそれまでだが・・・。面白い狂言です。今回シテの新発意をやられたのが井上蒼大君13歳、まだ声変わり前で・・・声変わりすると雰囲気が変わるんだろうな~まぁ体格も変わっていくだろうし成長が楽しみです。

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2017・01・22 狂言の会の印象

22日、狂言の会に出かける。これは毎年この時期に開催されている山本東次郎家の狂言の会でハゲマス会というのが主催のものでココ何年かは毎年行っている。

今参:この狂言は5年ぐらい前に1度観ている狂言。中々後半難しいというかついていけなくなるかなという感じの狂言。狂言を観る時の一つの鉄則として分からない言葉は飛ばしてな内容全体で観ていくという方法があるがそれがきかない狂言の一つだと思う。ある程度なんだろう言葉の知識等がないと後半ほとんどからない狂言という気がします。5年前、この狂言を観たのも山本家のもので当時は19歳?の凛太郎氏・・・東次郎氏にこの狂言の太郎冠者はまだ早いと思ったが・・・と解説時に言われていたのをこのブログ(過去に書いたもの)を見て思い出した。

八句連歌:この狂言は10年以上前に1度観たようで・・・記録には残しているが記憶には残っていないというまぁ初めて観るような感じの狂言。解説で東次郎氏が借りてと貸し手が道で肩がぶつかるまで相手が分からないという演出には無理があると先代の東次郎に言ってうんぬんという話があったがどう考えても確かにこの演出には無理がある貸し手はわざわざ借り手がこの道を通るかもしれないと行って裏道に行っているで・・・暗かったり人が大勢いたりというのは・・・もしそうであれば肩をぶつける前に「暗い道」「人通りが多い」と貸し手・借り手どちらかが言うべきで・・・まぁその辺が何処か時代に抜けてしまったのか。

菌(くさびら):この狂言は前の2曲に比べれば一般的に知られている狂言という感じでワークショップや学校などで狂言方が教えるというような事がある狂言で内容的には楽しいが最後が前の2曲はハッピーエンドで終わるがこちらはドタバタで終わる。うーん山伏の装束が結構すごかったような気がする。あと菌がちょっと・・・まぁ練習しすぎで足の踏ん張りがきかなかったのかな?まぁあの姿勢では仕方ないと思うが最近色々あって・・・どうなんだろうと思ってしまう。まぁ蓋は開けてみないと分からないから仕方ないか。

最後に東次郎氏のお話と小舞「貝づくし」で終演となりました。小舞「貝づくし」は能の玉井の中に出てくるものの様で貝の精等が酒宴をひらいてその時に舞うのが「貝づくし」らしい。能「玉井」も機会があれば観てみたい気がするが中々機会はない気がする。

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2017.01.08横浜狂言堂の印象

毎月第2日曜日は横浜能楽堂が勝手に決めた狂言の日という事で横浜能楽堂で横浜狂言堂というものが開催される。これは狂言を2曲、狂言方(狂言師)の解説付きで演じられるというもの。今月は野村万蔵家による狂言で「樋の酒」と「六地蔵」の2曲

まずはお話(解説)という事で能村晶人氏が出てきて話をする。この日演じられるの狂言の話は本当に2曲合わせて5分あったかどうか程度で後の15分程度は狂言全体の話をされていました。能は謡い・舞でできていてオペラに近いが狂言は会話劇で言葉の7~8割は分かる。分からない言葉は前後の言葉などから推測する。それでも分からない場合はそのまま飛ばして内容全体を見るようにすると良いという話や名乗り・道行きを実演されていました。能楽堂の屋根・鏡板や道具の扇の話もされていました。とてもわかりやすく良かったです。

樋の酒:この狂言は何度か観た記憶があるが・・・前回観たのも野村万蔵家のものでした。私がこの狂言のストーリーとして記憶に刷り込まれているものとは違う展開が結構あり・・・前回観た時もそれは思っていたようでこのブログに記録されている。基本的には蔵に閉じ込められた方が自然で主人が次郎冠者が下戸だと思い込んでいてというストーリーの方が好きかなという感じがするがこちらはこちらで主人の言いつけを守らないで太郎冠者が蔵を出てしまい次郎冠者と一緒に飲んでしまうというところが見所なのかな。いずれにしても次郎冠者が色々な事を提案している。それに太郎冠者が乗るというパターンは変わってないですね。面白い狂言です。

六地蔵:この狂言も何度か観た事のある狂言でドタバタとした面白い狂言だと思います。まぁ観て一番思った事は最近「仏師」ってやっているのかな?という事。最近はどの家もそれなりに狂言方がいるので六地蔵をやるのに人数が足りなくてという事もないと思うが・・・仏師は10年以上観ていない。六地蔵をやる時にはほとんど解説などで「仏師」は出てくるのだが・・・仏師観てみたいな。

この狂言を観た後、これを書くまでにBSNHKで万蔵氏を見かけた。内容的には京都の瓢亭のことをやっていたようだが・・・そっちはほとんど見てなくて万蔵氏が出ているのを偶然見つけたので見たのだが・・・やはりこの人はテレビで見るより能楽堂(舞台)で見たほうが生き生きしているというのを感じた。テレビに出るのがどうこうと言っているわけではないので誤解のないように・・・。

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昨日、2ヶ所で三番叟を観る

昨日、2ヶ所で三番叟を観る。一ヶ所は5分程度の本当に新年の御挨拶のもので多分歌舞伎の何らかの三番叟を模してある感じのもので赤地に金の鶴をイメージした衣装。会場にいた人のこの1年の幸福と劇場の繁栄を願うものとしては気持ちがこもっているのを感じられて良かったと思います。

その後、歩いて数分のところにあるセルリアンタワー能楽堂にて三番叟を観る。こちらは本物というか大本の翁でやられる三番叟に近いもので能楽師狂言方が羽織袴姿で三番叟を踏むというもの。正月公演として毎年やられているようです。まずは素囃子という事では囃子方が新春を寿ぐという題名で20分ほど・・・私は一ヶ所目の三番叟を観ていた為後半しか聞けず・・・テンボがかなりあがってきているところしか聞いてません。新年にふさわしい心地良い日本古来の音楽です。今までも何度か素囃子は生で聴いた事あったが・・・キャパ201人の小さめの能楽堂で聞くと迫力が500~600人程度入れる能楽堂とはかなり違う事を感じる。その後15分の休憩があり三番叟・・・それ知っていたら演奏の途中では中に入らず扉の外で聞いたんだけどな。まぁ中に入ったから迫力ある演奏聞けたんだけど・・・。

三番叟の印象です。今回は野村万作家の中村修一氏が三番叟をやられるという事でかなり若い方で昨年三番叟を披いたようです。万作家は5日に野村裕基三番叟披キの会というのを国立能楽堂でやるようです。それはさて置き昨日の三番叟です。今回の三番叟は袴狂言という事で衣装は羽織袴で鈴煮ノ段での面も付けないで踏むというもの。以前山本東次郎氏が三番三(山本家ではこの表記)は囃子方とぶつかり合いというかそうゆうものが舞台上であって・・・という話しを聞いた事がある。今回は囃子方に分があったのかな?というくらい囃子方の音が印象に残っている。それからやはり三番叟は舞うというより踏むという言葉がピッタリするという事を改めて感じた。揉ノ段ではもちろんだが鈴ノ段でもかなり踏んでいるし・・・どう解釈すればいいのかわからない動きもあり・・・掛け声ですねヤーホン・ホゥ?この声が印象に残る。あと最後に小鼓頭取の打つ一音が多少静かで途中何度も出てくる大鼓の高い声と対照的であぁ終わるんだなという事を感じた。ひさしぶりに三番叟観ましたがこのサイズでの三番叟迫力をもろに感じる事できていいですね。

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年末掃除をしていて出てきたもの

年末、部屋の大掃除をしているとある場所からこれ

20161231_010 が出てきた。横浜能楽堂企画公演「狂言再発見」第四回「言葉の魅力」という小冊子サイズはA6サイズぐらいで30ページあり写真なども掲載されている。中を見ると平成14年12月21日とある。14年前だ。当然その時の記憶はなくこの冊子を見るまでこの冊子の事自体忘れていた。多分ずーとそこに入っていたらしく14年前のものとは思えない新品という感じ。

読んでみると・・・まぁ600年の歴史がある狂言だけあって14年くらいでは全く変わらないですね。観る角度によって狂言は深くなっていくという事だと思う。それは変わらないしそれは全ての舞台に言えることだと思う。能・歌舞伎・ミュージカル・・・まぁこの辺ははじめからある程度深く入って説明していることが多く角度を変えていくと複雑になりすぎるが・・・。単純といえば単純で人によってはつくりこんでいる17分~20分のステージも世の中にはある。これは中々意思の疎通が難しいものでかみ合わない事が多々ある。まぁそれはそれでいいと思っている。まぁ今年もその辺をウロチョロできればいいのだが年々難しくなって行く感じがする。まぁ何にしても今年はこのまま行くということは考えられないのでどこかで環境が変わるんだろうな~・・・・去年の年頭もそう思っていた気がする・・・・まぁなるようにしかならないので・・・。

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2016.12.11横浜狂言堂の印象

毎月第2日曜日は横浜能楽堂が勝手に決めた狂言の日という事で「横浜狂言堂」というものが開催されている。ココ数年は用事がない限り毎月行っている。12月も出かける。

今回は野村又三郎家の狂言で「腰祈」と「素襖落」の2曲。まずはお話という事で松田氏が今日演じれれる腰祈と素襖落の解説をする。20分という時間の中であっちに飛びこっちに飛びかなり細かい言葉をクローズアップしていて・・・中々聞きなれていないと・・・。かなり?と思うところもあり・・・狂言を見て納得したところもある。卿の殿・京の殿の話(ちなみに「今日の殿」もある)・・・まぁストーリーには直接関係がないが・・・中々装束を口で言っても想像しにくい感じがした。まぁ確かに装束は又三郎家の特徴の一つだと思うが・・・小三郎が酒樽に入れられ海に流されたという話・・・やはり話が飛びすぎている気がする。短い時間で色々な話をしたいのはわかるが無理があったような気がしたのは私だけでしょうか。

腰祈・・・この狂言を観るのは2回目らしい。もっと観ているような気がしていてが・・・まぁ印象に残る狂言だと思う。祖父の動きがコミカルで面白い。祖父の足袋の色が橋掛かりで見たときかなり濃い色で茶色に近いように見えたのだが本舞台では確かに濃いがそれほどでもないような感じがした。確かに卿の殿という表現は他では聞いた事がない呼び方です。ただ卿の殿というのは若い山伏の事そのものを指すという話もある。この日のシテ(主役)は卿の殿(山伏)で解説では・・・???だったがまぁ解説者が観た事のある家の事を言ったのだと思うが間違ってはいないが・・・私が検索できたものは記録上又三郎家意外は全て祖父がシテでした。

素襖落・・・この狂言を観るのは何回目だろう。何度も観ている狂言で代表的な狂言の一つだと思う。テンポが良い感じストレートという感じがした。他の家ではあるものが無くなっているところが大きい感じがした。あと伊勢参りに今日出かけるというパターンも初めて観た気がする。伊勢参りに出かけるのは明日というのが定番のような気がする。なんか新鮮な感じがしてよかったです。あと又三郎氏が飛びぬけていて・・・声が重なるところは主の声が聞き取れないという事があり・・・まぁこの辺は仕方ないのかもしれないが・・・。あと2曲とも後見をやっていた子が若くて・・・高校生くらいもっと若いのかな?姿勢が良かったというのが印象に残った。

2曲とも楽しい狂言でした。お話については色々と思うところがありました。

書いては削除する部分が多いブログになりました。

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2016.11.13 横浜狂言堂の印象

 毎月第2日曜日は横浜能楽堂が勝手に決めた狂言の日という事で横浜狂言堂というものが横浜能楽堂で開催されている。ココ何年かは用事のない限り行くというのが月一の行事的なものとなっている。11月も行っている。

11月は野村万蔵家による狂言で「清水」と「萩大名」まずはお話という事で能村晶人氏が出てくる。予定では万蔵氏だったのだが晶人氏の声の調子が良くない為1曲目の「清水」の太郎冠者を万蔵氏がやる事になりその結果1曲目前のお話を万蔵氏がやる事が不可能という事で晶人氏がお話という事で・・・まぁ狂言が600年前からあるものなどの話。まぁ一番気になったのは「私」でした。解説をしている私は誰なのか?万蔵家主催の狂言の会ならこの人晶人氏だとわかる人が多いだろうが・・・まぁプログラムや掲示を見れば誰が太郎冠者をやる予定だったかわかるのでわからないわけではないが・・・。自己紹介はした方が良いというかこの場合(プログラムと変わっているなどの場合)は名乗らなければダメでしょう。

清水:この狂言は何度か観た事のある狂言で・・・9月にテレビでも見ている。面白い狂言で普通に笑える。上演時間も25分ぐらいで飽きない感じで丁度良い感じだが今回のものはあまり印象に残らなかった。

萩大名:この狂言を観るのは2度目らしい。結構色々なところでやっていそうな狂言だが・・・。太郎冠者が途中で大名に愛想を尽かしていなくなってしまうというパターンはあまり他ではないのかなという感じがする。それなりに面白い狂言だと思う。

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