« ベトナム ハノイの旅6 2日目夕食 クアンフエ | トップページ | ベトナム ハノイの旅8 中国ビンシャンの街 »

ベトナム ハノイの旅7 最終日 中国国境越えツアー

本日。旅行最終日、本日の夜にはノイバイ空港にいなければならない。今回の旅行のメインのベトナムから中国に行き国境を陸路で越えるというツアーだ。出発前色々あったがとにかく行く。当然ツアー参加者は私一人。ガイド1人に運転手と10人乗りぐらいの車1台この人数にこの大型自動車はどうかなとは思うが料金は変わらないので問題ない。

うーん中々考えさせられるツアーとなった。ガイドの方は多分40代~50代の女性の方でドライバーは50代の元軍人の方。国境から18キロ離れた町ランソンから乗ってきた中国側のガイドは20代か10代後半の女の子。この子は少数民族のムー族の子。ムー族は中国側で生活している人もベトナム側で生活している人もいる。国境はある程度自由に行き来している子と解釈していい。

ガイドさんは4年間日本に留学したことがあり日本語は堪能。おそらくロシア語も堪能。しかし英語は出来ない。このガイドが英語が出来ないというのがわかったのは中国入国の時、中国語と英語で書かれてある書類読めていなかった。記入漏れで何回もとめられてそのたびムー族の子にベトナム語で聞いていた。ソ連崩壊前までベトナムは外国語はロシヤ語を教育されていた。英語を教育はしていない。おそらくハノイあたりでは徹底していたと思われる。軍もソ連の指導を受けていて運転手もロシア民謡を口ずさんで運転している。

なんてねとにかく人間の距離間これ半端でなく感じた。ガイドはキン族の人間であまりムー族の事を好きではない。しかし国境を簡単に越えようと思ったらこのムー族の子を最大限利用したい。実際にこの子はベトナム側の入管普通の人はは入れないところから入り横から3人分のパスポートを渡し出国にスタンプもらっている。おそらくそこにいた係官がムー族の人だったと思われる。

まぁココには書けない事あります。ただ本当に民族間のやり取りはひしひしと感じた。運転手(キン族)とムー族の子は一言も会話しなかったしムー族の子はガイド料金以外のものをガイドにねだっていたり。(何となく雰囲気だが)ムー族の子は遊び感覚で市場に行ったときなど自分の見たい物のところにいく。それを頭ごなしに注意できないキン族。キン族の子ならビシッと注意できるんだろうがそれをやると仕事がやりずらくなる感じ。

中国とベトナムは何度も戦争をしている。そのたび何十万という人がなくなっている。一番最近では1979年に起きている。たった1ヶ月足らずに数万人亡くなっていると思われる。思われるというのは中国側、ベトナム側とも死亡者数など発表しているが全く違った数字で分からない。中国側はランソンの町までしか攻め入る事しか出来なかった。当時ベトナムの主力部隊はカンボジアにいた。そのすきを突いて中国が国境を越えてきたが当時ベトナム戦争が終了して4年しかたっていない状態てベトナムには実践経験豊かな軍人と兵器が沢山あったため中国側の部隊がどんどんやられたというのが大方の見方で国境から18キロまでしか入れず撤退した。それでなければ1ヶ月足らずで完全撤退しないでしょう。

これが国境です20090613_119

1992年5月27日と書いてあるだけ

数字の書いてある方が中国側。水溜りがある方がベトナム側のアスファルト

 注意 ムー族というのはベトナムの少数民族の中には資料として確認できない。ガイドが発音したとおりにここに書いている。モン族ともしかしたら言っていたのかも知れない。

|

« ベトナム ハノイの旅6 2日目夕食 クアンフエ | トップページ | ベトナム ハノイの旅8 中国ビンシャンの街 »

海外旅行など」カテゴリの記事

ベトナム」カテゴリの記事

コメント

突然のコメント失礼致します。
失礼ながら、相互リンクしていただきたくて、コメントさせていただきました。
http://sirube-note.com/chinese/

もしよろしければ、こちらのページから相互リンク登録していただけましたら幸いです。
http://sirube-note.com/chinese/link/register/
今後ともよろしくお願い致します。
kznChxyJ

投稿: sirube | 2009年6月19日 (金曜日) 00時44分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ベトナム ハノイの旅6 2日目夕食 クアンフエ | トップページ | ベトナム ハノイの旅8 中国ビンシャンの街 »